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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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210418 ルカ8:1-3 「奉仕する婦人たち」

ルカ8:1-3 「奉仕する婦人たち」
 
 イエス様の一行には中心的な12弟子だけがいたのではなくて、それを支える大勢の婦人たちがいたということを、今日の箇所は紹介しています。実はマルコの福音書では、15:40-41十字架のイエス様が息を引き取られる場面で、「女たちも遠くから見ていたが、その中には、マグダラのマリアと、小ヤコブとヨセの母マリアと、サロメがいた。イエスがガリラヤにおられたときに、イエスに従って仕えていた人たちであった。このほかにも、イエスと一緒にエルサレムに上って来た女たちがたくさんいた。」とありまして、ガリラヤ時代からイエス様に従って仕えていた婦人たちがいたということを紹介しているんですが、その扱いはあくまでも十字架のシーンで出てきた婦人たちの説明文としてさらりと記す程度です。これをルカはきちんとガリラヤ伝道の場面で紹介しているわけです。
 マグダラのマリアとヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ、スザンナ、その他の女たち。これらの女性たちは、自分の財産をもって彼らに仕えていた。とあります。ここがルカの言いたいことです。皆さんは福音書を読んでいて、イエス様一行がいったい旅の資金はどうしていたのか。食事はどうしていたのか。と疑問に思ったことはないでしょうか。まさか、毎度まいどイエス様がパンと魚の奇跡を施していたとは考えられません。時々、食事に招かれたことは記されますが、それにしたって毎日ではないはずです。宣教活動に入られたイエス様たちが働いて賃金を稼いでいる様子もありません。それどころか、町の中に入れないことや、命を狙われることまである。山あり谷あり荒野ありの宣教の旅で衣服はボロボロ泥だらけになる。いったいどうやって日々を過ごしていたのかと思うわけです。けれど、その答えがここにある。彼女たちが支えていたのです。
 何気ない記事ですが、私はルカがこの記事を記したことは凄いことだと思います。それは全然特筆すべきことではないからです。イエス様の素晴らしい教えでも、目を疑うような奇跡でも、弟子たちの失敗でも、パリサイ人たちの企みでもない。何の変哲もない日常の記録です。しかし、彼女たちの隠れた奉仕がなければ、イエス様一行の宣教活動はあり得なかったのです。
 ルカは、その隠された奉仕に光を当てます。それは隠された奉仕ですが、当たり前の奉仕ではないと言うのです。隠れた奉仕。隠れた配慮。隠れておりますから、意識しなければ気付か無いかもしれません。気付いたら司会者が立ち、気付いたら奏楽がなっている。気付けばお花が飾られている。けれどそれは当たり前にあるのではありません。そこには多くの時間と労力を献げる一人ひとりが確かにいます。もちろん誰かに評価されるために奉仕しているわけでは無いでしょう。主の恵みに応じて、与えられた賜物、預けられた財産を持って主に仕える私たちであります。けれど、それでもルカは、その隠れた奉仕があることをはっきりと記すのです。
 このことは現代における教会の歩みにもそのまま当てはまることです。教会の歩みは、隠れた奉仕の一つ一つが支えてきたのです。教会の歴史を振り返る時、例えば歴代の牧師や記念となる行事などが思い浮かぶことでしょうか。けれどそれはすごく偏った歴史でありまして、実は教会の歴史というのは、そういう記憶としては留められることのない、毎週の礼拝であり、地味な奉仕の積み重ねだと思うのです。それらは決して特記すべきことでは無いかもしれませんし、評価されはしないかもしれません。しかし、そういう日々の奉仕の積み重ねが、間違いなくこの教会を築いて来たのです。教会の歴史には、いつも隠れたところで、配慮する人々がいます。気付かないところで祈り、献げる奉仕があります。そういう一人ひとりの心配りが、教会の交わりを築いて来ました。
 教会の交わりを豊かにする秘訣が2つあります。一つは奉仕に評価を求めないということ。もう一つは隠れた奉仕に感謝するということです。どちらか片方だけでは足りません。どちらもが大事です。感謝されない奉仕は義務感を生み出します。評価を求めた奉仕では決して満足できません。もちろん、それらを超えた主の祝福があるというのは確かです。奉仕は主のために献げるものです。けれど、誰かを想って時間を献げ、誰かの労に感謝することは、教会における愛の交わりなのです。

210414 Ⅱテサロニケ2 「まず背教が起こり」

Ⅱテサロニケ2 「まず背教が起こり」

 パウロは主の日は、「まず背教が起こり、不法の者、すなわち滅びの子が現れ」ると言っています。私たちは主の再臨の訪れがどのように来るか知っているでしょうか。私が学生の頃、教会成長運動というものが流行り、全世界へ福音を宣べ伝えることが盛んに語られました。全世界へ福音をとは、もちろんイエス様の大宣教命令に由来する教えで、それは教会の使命の一旦を述べています。また、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)とありますから、主の再臨は世界の隅々まで福音が宣べ伝えられ、教会が成長し、人類が皆キリスト者となったその先にあると思っていたことがあります。神の国の拡大の頂点に主の再臨があるとです。だから頑張って宣教することが主の再臨を早めることになるんだと。こういう話も聞いたことがあります。
 けれど今日の箇所を見ると、ちょっと様子が違います。背教が起こり、不法の者、滅びの子が現れる、その先に主は再び来られると言うのです。主はこの世界の裁きを猶予してくださっているわけです。主は私たちが滅びるのを良しとせず、待ってくださっている。けれど主の日の前日、サタンの働きがいよいよ活発となり、不法の人が現れ、滅びの子が現れるのです。もはや一刻の猶予もない。もはや待つことができない状況となって、主は来られると。来臨の輝きをもってその者たちを滅ぼされる。と言われるのです。驚かれるかもしれませんが、主の再臨を待ち望むことは、主の裁きを待ち望むことと同義です。私たちにとって、それは新しい体でよみがえる日の希望ですが、酒を知らない者にとって、それは永遠の滅びなのです。
 このパウロのメッセージを当時の人々はどう聞いたことでしょう。考えなければならないことは、このテサロニケ教会の置かれた状況が迫害や批判の真っ只中であったという事です。テサロニケのユダヤ人は、パウロを排除しようと行く先々にまで追いかけるほどに執拗な者たちでした。彼らは迫害の急先鋒でした。テサロニケのキリスト者はそういうユダヤ人たちの目を掻い潜りながら、信仰を守っていたのです。ですからそういう状況に置かれた彼らが、再臨という教えを曲解して握りしめ、現実から目を逸らせようとしたことはある意味当然なことなのです。彼らは今ある現実に疲れ切っていました。ですから、もう、どうでもいい。全てを投げ出したい。主の日は来たのだから、もう頑張る必要はない。じっとしていよう。黙っていよう。そんな彼らにパウロは言います。主の日はまだ来ていないとです。そして、主の日の前に、滅びの子が来るという現実を語ります。つまり今は終末の世なのだと。けれどその先に、主の再臨による勝利が必ずあると語るのです。
 再臨信仰というのは、私たちの地上の生活に目をつむらせるユートピア信仰ではありません。困難な現実があります。もう投げ出したい。早く御国に入れてほしい。この生命を取ってほしい。確かにそう思う困難な日々があるのです。けれど御言葉は、そのような困難は主の想定されることだと言います。終末の世。主の再臨を前に、「まず背教が起こり、不法の者、すなわち滅びの子が現れ」るのです。けれど、その先に、主の再臨がある。主の正しい裁きが行われる。再臨信仰とは、困難な現実を認めつつ、しかしその先にある確かな勝利に希望を抱く、信仰者の地上での生き方のことです。主の日は必ずやって来る。だから今を懸命に生きよ。これが再臨に希望を置く信仰です。

210411 ルカ7:36-50 「涙の結果」

ルカ7:36-50 「涙の結果」

 パリサイ人のシモンの家でイエス様が食事に招かれた時のことです。町で評判の罪深い女性が、突然、香油の入った石膏の壺を持ってイエス様に近づいて来たのです。シモンは大変驚いたことでしょう。他の者たちも、ここに至るまで誰も止めなかったのは、気付かなかったというよりも、呆気にとられたということではなかったか。それほど異様な光景が目の前にありました。この女性は泣きながら近付いて来ました。涙が思わずイエス様の足を濡らすほどに、本格的に泣いていました。そしてイエス様に粗相をしたことに気付いて、慌てて自分の髪の毛で拭い、その足に口づけをして香油を塗ったのです。ジャパニーズホラーですか?とツッコミたくなるような場面です。イエス様との大事な食卓でこの女はいったい何てことをしてくれるんだ。と言う話です。けれど、それだけではありません。シモンはこの女性に対する非難とともに、イエス様に対する非難の思いも抱くのです。なぜなら、イエス様には一向にこの女性を非難する様子も、遠ざける様子もないからです。100歩譲ってこの女性の粗相を許したとしても、そもそもこの女性は罪深い者ではないかという話です。イエス様が預言者なら、この者の罪深さを知っているはずです。知っているならこの女をすぐに追い出すはずです。預言者は罪を指摘し断罪するのが使命だからです。なのにイエス様は成されるがままであります。シモンは物言わぬイエス様に不信感を抱くのです。
 イエス様はシモンに五百デナリと五十デナリの借金を帳消しにしてもらった二人の話をします。どちらがより金貸しを愛するようになるかとです。もちろん、五百デナリを帳消しにしてもらった人の方でしょう。多く赦されれば、多く恩を感じるからです。シモンもそう答えましたし、イエス様も「あなたの判断は正しい」と太鼓判を押します。とてもわかりやすいたとえ話です。
 その上で、イエス様は彼女の方を向いて、シモンに言われます。「あなたは足を洗う水をくれなかったが、彼女は涙でわたしの足をぬらし、自分の髪の毛でぬぐってくれました。」「あなたは口づけしてくれなかったが、彼女は、わたしが入って来たときから、わたしの足に口づけしてやめませんでした。」「あなたはわたしの頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、彼女は、わたしの足に香油を塗ってくれました。」シモンとこの女性の比較をしながら、この女性の振る舞いを評価されるのです。なぜイエス様は先程、借金を帳消しにしてもらった人の話をされたのでしょう。それはシモンとこの女性を、二人の借金まみれの人に当てはめて語るためです。先程のたとえ話で、考えなければならないことは、どちらも借金を赦してもらったという事実です。二人が並べられると、どっちが愛するようになったかという話になります。けれど、本来、赦してもらったことへの感謝は個別の話です。額は違えど二人共、絶望的な状況を赦してもらったのです。五十デナリといえば2ヶ月分の給料に匹敵するような金額。赦してもらえれば、土下座して感謝するところです。隣を見るから、大したことないように思うわけです。つまり、イエス様はこのたとえ話を通して、神の前にシモンも女性も何の言い訳もできない罪人に過ぎないことを暗示しているのです。なのに、あなたはこの女性を蔑み、自分の義を誇るのか。とです。イエス様は言われます。「赦されることの少ない者は、愛することも少ないのです。」赦されることの少ないと感じるのは隣の芝生を見ているからです。神の恵みはその人その人に十分なはずなのです。
 この女性は涙を流しながら現われたのです。粗相をして人々の批判を浴びて泣き出したのではありません。人前に出ることは彼女にとって苦痛だったと思います。それでもイエス様の前に出てきたのは、彼女が自分の罪をきちんと悲しんでいるからです。この状況を何とかしたい。罪から脱したい。神に受け入れられたい。と心から願っているのです。だからこそ彼女はイエス様の前に涙して出てきた。彼女の振る舞いは涙の結果なのです。彼女の涙はしかしいつまでも後悔の涙ではありません。イエス様に出会い、イエス様から声をかけられます。「あなたの罪は赦されています。」彼女の涙は安堵の涙。喜びの涙と変えられるのです。
 シモンもまたこの涙を流すべきなのです。他人と比較して義を誇っても仕方がありません。神の前に己を晒して探るべきです。そして罪を認めて、正しく涙を流すべきなのです。イエス様は涙する者を決して退けられません。黙示録で語られるのは、涙した者の行き着く約束です。「神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」

210407 Ⅰ歴代6:54-81 「霊的ルーツに立ち返って」

Ⅰ歴代6:54-81 「霊的ルーツに立ち返って」

 レビ族の詳しい系図については、6章の前半部分にはレビ族の詳しい系図が記され、今日の箇所ではその所有地が記されています。ですから、6章全体でレビ族の出自を紹介しているわけです。
 ここに書かれる所有地を見ると、時代の推移による名称の変化はあるものの、ヨシュア記21章に記されるものとほぼ同じであることがわかります。このことがどういう意味を持つか、私たちは考えなければなりません。この歴代誌が書かれたのは、ユダの民がバビロン捕囚から帰還して、およそ1世紀が経った預言者エズラの時代です。およそB.C450頃のことです。一方、ヨシュアのカナン侵略がB.C.1400頃です。およそ1000年近く昔に定められたレビ族の相続地の記録が、詳細に記されているのです。これは凄いことです。他の11部族の相続地はわかりやすいのです。記録も残っていたでしょうし、口伝えの伝承もあったでしょう。けれどレビ族は他の部族とは根本的に違います。彼らはまとまった土地を得ず、それぞれの他の部族の土地の中に、ポツンポツンと相続の町と放牧地が与えられたのです。その記録が詳細に調べ上げられ、今こうして記されます。そこにはエズラの志というものを感じ取るわけです。
 帰還民が国に帰って、1世紀。彼らは再建されたエルサレム神殿を中心に生活をしていたわけです。けれど徐々に神殿礼拝は形骸化し、異民族との結婚が進み、偶像礼拝に陥っていきました。エズラたち第2回帰還民がエルサレムに到着したとき、そこには堕落した民の様子があったのです。エズラはヨシヤ王の時代の宗教改革に貢献した大祭司ヒルキヤの子孫です。彼自身、祭司であり、学者でもありました。秩序のないエルサレムの実情に、エズラは神の律法に立ち返ることを決意します。彼はユダの記録を遡り、自分たちのルーツ。神の民としての生き方を探るのです。
 このとき、エズラはイスラエルの12部族の祖まで遡るのです。国が滅び、バビロン捕囚を経験し、帰還した民はユダヤ人でした。彼らはもともとは南ユダに住む人々でした。彼らはユダ族とベニヤミン族、それに一部のレビ族でした。けれど、エズラはそもそもの原点である、カナン入居の12部族にまで立ち返るのです。12部族の所有地が明らかにされます。だからといって彼らがそれぞれの所有地に分かれて住んだということではないでしょう。帰国した土地には、すでに様々な異民族が移り住んでおりました。サマリヤ人もおりました。帰還した民の人数も大した数ではありません。ですから彼らは相変わらず、エルサレムを中心に、元南ユダ王国の地域を中心に住んでいたことでしょう。けれど、エズラの志はユダ王国の再建ではありません。このカナンに初めて入った頃の志。まだ見ぬ土地に神様の約束だけを頼りに入っていったあの神中心の生き方に立ち返ろう。そういう志ではなかったか。

 イエス様の誕生の折、ヨセフとマリヤはダビデの町ベツレヘムに登録に向かうわけです。部族として登録された町と、実際に住んでいた土地が違うのは、このエズラの時代に、部族毎の町が確認されたからです。彼らは日常生活を過ごしながらも、霊的な故郷を意識して過ごしたのです。それは意識しないと薄れていくものです。日常を過ごすことは決して簡単なことではありません。日々起こる出来事、問題に私たちの心は掛り切りになります。心配事があとを絶ちません。周りの人に気を遣い、上手くやっていくためには、相手に合わせて生きなければなりません。私たちも日々たくさんの妥協を経験し、清濁併せ呑みながら過ごしていることではないでしょうか。だからこそ意識しなければ、いつでもこの世の価値観に飲み込まれてしまう私たちなのです。週の歩みを礼拝を持って開始する。日々の歩みを御言葉と祈りを持って迎える。私たちの日常の中に、神礼拝を意識して組み入れることが大事です。祈祷会に来られる方はそのことを重々承知であろうかと思います。時間を決めて捧げることは面倒です。日々の雑用に時間を取られ、あれもこれもと追われる中、まぁいいかとしがちです。けれど、その時間を神に捧げることが、実は私たちの霊的な防波堤を築くのです。私たちは神に身を捧げるその時間によって整えられ、守られるのです。

210404 マルコ16:1-8 「空っぽの墓」

マルコ16:1-8 「空っぽの墓」

 有力議員でありイエス様の弟子でもあったアリマタヤのヨセフが、イエス様のからだを引き取って、墓に納めるわけなんですが、安息日がもう迫っておりましたので、ろくな葬りができませんでした。マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤ、そしてサロメはこのことに大変心を痛め、何とか人並みの葬りがしたいと思い、安息日が明けてすぐ、週の初めの日の明け方早くに、イエス様の墓にやって来たのです。しかし墓穴を塞ぐ石はどうしようか。兵士たちは自分たちを中に入れてくれるだろうか。道すがら様々な心配をあーでもない、こーでもないと話しながらやってまいります。ところが驚いたことに墓に着いてみますと、すでに石が墓からころがしてあったのです。何があったのか。慌てて墓の中を確認いたします。しかし、イエス様のからだはどこにも無かったのです。
 イエス様の亡骸の代わりに、そこには真白な長い衣をまとった青年が座っておりました。マルコの描写では墓に着くとすでにこの青年がいたように見えます。けれどルカを見ますと、彼女たちが到着ししばらくして気が付くといたという書き方です。マタイはと言いますと、地震が起きて主の使いが現れ彼女たちの目の前で墓の石をどけたとあります。どうやらこの青年がイエス様の亡骸を隠したとか盗んだという訳ではないようです。ではいったい、イエス様の亡骸はどこに行ってしまったのか。彼女たちは必死に墓の中を探します。すると青年が声をかけられるのです。
 「驚くことはありません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められていた場所です。」いえ、驚くべきことなのです。イエス様が十字架で死なれて、墓に葬られたのは事実なのです。彼女たちが実際に見ましたし、ピラトの命令でローマ兵が確認し、墓を見張っているくらいなのです。それなのに、墓の石は横に転がされ、中に主イエスの亡骸がなかったんですね。
「ここにはおられません」と言いますが、そこにいないはずがないのです。彼女たちには何が起きたのか全く理解ができません。
 私たちはこの空っぽの墓がイエス様の復活を意味するんだと知っております。けれど彼女たちにとって「空っぽ=蘇られた」とは、到底思い付かないことでした。彼女たちは、居るはずのない青年の存在に恐れ、気が転倒して、墓を出て逃げていくのでありました。
 まぁわからなくもないですね。しかし、考えてみますと、イエス様は以前から、事あるごとにご自身の死と復活をお語りになっておられたのではないでしょうか。なぜ、彼女たちはこれらのことに思いが及ばなかったのか。散々に聞いてきたことなのに、目の前に起こった出来事と結びつかなかったのはなぜなのか。それはつまり、彼女たちの内にある常識がそれを邪魔したのです。彼女たち自身がこれまでイエス様の言葉を聞きつつも、復活のイエス様を思い描けません。死んだ人が生き返るはずはない。彼女たちの持つ常識が、彼女たちの信仰を塞いでいるのです。だから彼女たちは、この空っぽの墓を前にして絶望し、青年の言葉に恐怖したのです。
 このようなことは、私たちの日常にもままあることではないでしょうか。他の誰でもない。私たち自身が、神様の御業を信じることができないでいる。そういうことはないでしょうか。死人が蘇る。そんなことは普通はあり得ない。こういう世の常識で空の墓を覗き込むとき、そこには絶望しかありません。しかしです。御言葉に信頼して覗き込むとき、墓が空っぽであることが、むしろ希望になるのです。もし空っぽでなくて、イエス様の亡骸が変わらずそこにあったならば、それは絶望の確認でしかなかったのです。空っぽで、イエス様の亡骸が消えていたから、そこには復活の希望があるのです。
 時として絶望に思えるような出来事が起こります。神はどこにいるのかと嘆きたくなるようなことがあります。今世界で起こっている惨状に、恐れを感じます。しかし、どのような絶望も、主の目には違って映っています。そこには主の勝利があるのです。私たちの常識では何もない。解決の見えないような状況が、実は神の働かれるときでもあるのです。