エズラ7 「もう一つの再建事業」
7章から話が変わります。6章までは神殿再建の話でした。7章はその神殿再建から56~57年後の話で、いよいよこの書物の筆者、エズラが登場します。エズラはペルシャ王アルタクセルクセスの命を受けて第2次帰還民を組織して、エルサレムに上ります。その目的はイスラエルの宗教調査でした。王はこのために、イスラエルの民が自由に国に帰ることを許可します。それだけでなく、莫大な金銀を用意し、神の宮の祭壇で献げるためのささげ物を用意させます。そのために王室の金庫から支出してよいとまで言うのです。宗主国の王が、属国の民のためにここまでの配慮を施すのは明らかに異常です。エジプトからイスラエルの民が脱出する時、エジプトのファラオはあれこれと妨害をしました。労働力の損出を惜しんだからです。それが普通です。ところがアルタクセルクセス王は全く違います。ユダヤ人の出奔のために出来得る限りの支援を用意します。しかもエズラには、裁判官を任命する権利と判決を執行する権利まで与えます。それはつまりその国の統治を預けるということです。アルタクセルクセス王の振る舞いは、まるで己の信じる神のために尽くしているかのようです。いったいこんなことがあり得るのでしょうか。
ここで思い出したいのは、7章は神殿再建から56年後の出来事ということです。神殿が再建されたのはエズラ6:15によると、「ダレイオス王の治世第六年、アダルの月(12月)の三日」とあります。前515年のことです。そこから数えて約57年間。ではその間いったい何があったでしょうか。歴史を見れば一目瞭然です。ダレイオス王の残りの治世が29年。その子クセルクセス王の統治が21年。そして今アルタクセルクセス王の統治が第7年であります。
ダレイオス王(ダリヨス王)前521-486
クセルクセス王(アハシュエロス王)前486-465
アルタクセルクセス王(アルタシャスタ王)前465-428
ではダレイオス王の首席大臣は誰だったでしょう。そうですダニエルです。ではクセルクセス王の妻は誰でしょう。そうですエステルです。その時クセルクセスの側近に取り立てられたのがモルデカイです。もちろん、アルタクセルクセス王の母はエステルではありません。けれど、祖父の代、父の代、国家の中枢に関わり、信頼おける存在としてユダヤ人がいたのです。だからこそアルタクセルクセス王はユダヤ人への支援を惜しみません。これまでのユダヤ人の忠義に応えたのです。
それにしてもです。神殿が再建されて60年弱。てっきりユダヤ人は神殿を中心にまとまって、安定した生活をしていると思ったのです。けれど、実際はそうではありませんでした。一向に落ち着くことのないイスラエルだったのです。だから、エズラが派遣されます。国の立て直しのために。いえ、信仰の立て直しのために。信仰を調査して、正しく民を指導するためにです。王は知っています。ユダヤ人が神に忠実に従うなら、神は祝福を惜しまないことをです。それは他ならぬダニエルが、エステルが、モルデカイが、ペルシヤの中枢で身をもって証ししてきたことです。イスラエルの安定は、強いてはペルシヤの安定は、ユダヤ人の信仰にかかっていたのです。だから、もっとも優秀な人物を手放します。本当なら手元においておきたい有能な人物を祖国に帰らせるのです。
信仰は見える神殿が再建されるだけではダメでした。見えない神殿の霊的再建がなされなければダメなのです。神殿が建つこと以上に、実は礼拝が続けられることの方が難しいのです。イスラエルには秩序が必要でした。神の律法によって治められる必要がありました。何より礼拝が守られることが大事でした。それらは全て神のみ言葉に聞くことから始まります。状況や周囲の声ではありません。「エズラは、【主】の律法を調べ、これを実行し、イスラエルで掟と定めを教えようと心を定めていた。」(7:10)とある通りです。イスラエルの堕落は異民族との交流から始まりました。だから排他的になれということではありません。影響されるのではなく、影響するものであれということです。私たちが変わらない御言葉に聞き、変わらない信仰に生きる時、人々は私たちに影響されるのです。まずは私たちの礼拝生活を再建することです。
7章から話が変わります。6章までは神殿再建の話でした。7章はその神殿再建から56~57年後の話で、いよいよこの書物の筆者、エズラが登場します。エズラはペルシャ王アルタクセルクセスの命を受けて第2次帰還民を組織して、エルサレムに上ります。その目的はイスラエルの宗教調査でした。王はこのために、イスラエルの民が自由に国に帰ることを許可します。それだけでなく、莫大な金銀を用意し、神の宮の祭壇で献げるためのささげ物を用意させます。そのために王室の金庫から支出してよいとまで言うのです。宗主国の王が、属国の民のためにここまでの配慮を施すのは明らかに異常です。エジプトからイスラエルの民が脱出する時、エジプトのファラオはあれこれと妨害をしました。労働力の損出を惜しんだからです。それが普通です。ところがアルタクセルクセス王は全く違います。ユダヤ人の出奔のために出来得る限りの支援を用意します。しかもエズラには、裁判官を任命する権利と判決を執行する権利まで与えます。それはつまりその国の統治を預けるということです。アルタクセルクセス王の振る舞いは、まるで己の信じる神のために尽くしているかのようです。いったいこんなことがあり得るのでしょうか。
ここで思い出したいのは、7章は神殿再建から56年後の出来事ということです。神殿が再建されたのはエズラ6:15によると、「ダレイオス王の治世第六年、アダルの月(12月)の三日」とあります。前515年のことです。そこから数えて約57年間。ではその間いったい何があったでしょうか。歴史を見れば一目瞭然です。ダレイオス王の残りの治世が29年。その子クセルクセス王の統治が21年。そして今アルタクセルクセス王の統治が第7年であります。
ダレイオス王(ダリヨス王)前521-486
クセルクセス王(アハシュエロス王)前486-465
アルタクセルクセス王(アルタシャスタ王)前465-428
ではダレイオス王の首席大臣は誰だったでしょう。そうですダニエルです。ではクセルクセス王の妻は誰でしょう。そうですエステルです。その時クセルクセスの側近に取り立てられたのがモルデカイです。もちろん、アルタクセルクセス王の母はエステルではありません。けれど、祖父の代、父の代、国家の中枢に関わり、信頼おける存在としてユダヤ人がいたのです。だからこそアルタクセルクセス王はユダヤ人への支援を惜しみません。これまでのユダヤ人の忠義に応えたのです。
それにしてもです。神殿が再建されて60年弱。てっきりユダヤ人は神殿を中心にまとまって、安定した生活をしていると思ったのです。けれど、実際はそうではありませんでした。一向に落ち着くことのないイスラエルだったのです。だから、エズラが派遣されます。国の立て直しのために。いえ、信仰の立て直しのために。信仰を調査して、正しく民を指導するためにです。王は知っています。ユダヤ人が神に忠実に従うなら、神は祝福を惜しまないことをです。それは他ならぬダニエルが、エステルが、モルデカイが、ペルシヤの中枢で身をもって証ししてきたことです。イスラエルの安定は、強いてはペルシヤの安定は、ユダヤ人の信仰にかかっていたのです。だから、もっとも優秀な人物を手放します。本当なら手元においておきたい有能な人物を祖国に帰らせるのです。
信仰は見える神殿が再建されるだけではダメでした。見えない神殿の霊的再建がなされなければダメなのです。神殿が建つこと以上に、実は礼拝が続けられることの方が難しいのです。イスラエルには秩序が必要でした。神の律法によって治められる必要がありました。何より礼拝が守られることが大事でした。それらは全て神のみ言葉に聞くことから始まります。状況や周囲の声ではありません。「エズラは、【主】の律法を調べ、これを実行し、イスラエルで掟と定めを教えようと心を定めていた。」(7:10)とある通りです。イスラエルの堕落は異民族との交流から始まりました。だから排他的になれということではありません。影響されるのではなく、影響するものであれということです。私たちが変わらない御言葉に聞き、変わらない信仰に生きる時、人々は私たちに影響されるのです。まずは私たちの礼拝生活を再建することです。