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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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170212 出エジプト20:2-17 「主なる神の宣言」

出エジプト20:2-17 「主なる神の宣言」

 新年礼拝で、今年は十戒を通して私たちキリスト者の生き方についてを学びましょうと言いました。実は昨年、KGKの大嶋重徳主事がこの十戒の講解を出版し、私自身大変学ばされました。ぜひ皆さんと分かち合いたいと思いまして、こうして十戒の講解を始めたという次第です。
 さて今日はまだイントロダクションです。まずは十戒(律法)の役割を確認しておきましょう。一つは、私たちの罪を指摘して、私たちを弱さと向き合わせることです。そして主の恵みに目を向けさせるのです。つまり、私たちは律法を通して自分たちが神ならぬ者、愚かな罪人であることを知るのです。それゆえ、律法は私たちの目を恵みへと向けさせます。なぜなら私たちは律法によって、私たちの内には救いがないということを知るからです。
 二つ目は、私たちに正しい基準を設けて、私たちの生き方を整えるということです。私たちは救われた者ですが、世の価値観に影響されずにはいられません。私たちは相変わらず罪を犯してばかりの者です。しかし、律法は私たちが、神のみこころから逸れていないか。自分勝手に進んではいないか、といつも教えてくれるのです。自分がどこにいるかがわかれば私たちは正しい進路をとることができます。十戒は人生における灯台です。私たちの今ある所を示し、進むべき方向を知らしてくれるのです。
 そして十戒の三つ目の役割は、私たちを世と区別させ主を証しする者とするということです。私たちが自らを律法に照らして生きるということ。これがすでに世との特異点です。もちろん、私たちは神の律法を全うすることは適いません。その姿は世の人とどこが違うのかと指さされるかもしれません。けれどです。失敗の度に神に立ち返ろうと願うその姿勢が、すでに地の塩たるのです。

 さて、今日の箇所で神様はモーセに十戒を授けられます。ではその語り始めは何でしょう。それは「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。」です。十戒を学ぶにあたって、実はこのところが非常に大事です。十戒と言うととかく十の戒めだけに目が行きがちです。けれど、十の戒めの前に、実は主なる神の宣言がある。ここを見逃すと、十戒は私たちを縛る足枷となってしまいます。律法は単なる義務となるのです。
 これに先立って、神はエジプトの地で10の奇跡をお見せになりました。海の底を通ってエジプト軍の追手から逃れさせてくださいました。天からのマナとうずらで、彼らを毎日養ってくださいました。今、イスラエルにこの戒めを与えられる主は、すでに彼らの生活に深く関わる、恵み豊かな神でした。つまり神は、ご自身の偉大さを明らかにした上で、提案を持ちかけられたのです。「今、もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るなら、あなたがたはすべての国々の民の中にあって、わたしの宝となる。全世界はわたしのものであるから。あなたがたはわたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる。」(19:5-6)そして民はこれに答えます「私たちは主が命じられたことを、みな行います。」(19:8)ですから、この契約は神から一方的に押し付けられたものではありません。神の恵みを体験した民が、この恵みに留まりたいと願い、自ら応じたのです。そして、その結果として与えられたのが十戒です。 ですから、神は民を罰せようとして十戒を与えているのではありません。十戒を通して、民をご自身との関係の中に留めようとしているのです。

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