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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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171015 ヨハネ14:16-17 「真理の御霊」

ヨハネ14:16-17 「真理の御霊」

 ルネッサンスの3大発明と言えば何でしょう。羅針盤、火薬、そして活版印刷です。ヨハネス・グーテンベルクによって発明された活版印刷は、ルネッサンスにおいて、たいへん重大な役割を果たしました。この発明は世界を二分します。すなわち、活版印刷の技術によって、聖書が民衆の手に渡り、宗教改革がなったのです。今年は宗教改革500年の年でありますけれども、ルターに始まる宗教改革のうねりは、ドイツ語による翻訳聖書の登場によって、後戻りできない運動へと発展していったのです。
 「30年前は誰も聖書を読んでいなかった。すべての人は聖書の存在すら知らなかった。例えば、わたしは20歳になっても、まだ聖書を見たこともなかった。日曜日の『教会暦による説教集』に書かれているもの以外には福音書も、書簡も存在しないと思っていた。やっと、図書館で一冊の聖書を見つけた。」当時の多くの人々にとって聖書は隠された書物でした。聖書の内容はローマ・カトリックのフィルターを通ったものでしかなく、それを疑う術すらありませんでした。ところがルターは図書館で一冊の聖書を見つけました。彼はたちまちその虜となり、彼は読むことにより聖書に精通していきました。聖書から彼はその神学を学び、聖書から彼はこれまでのローマ・カトリックの教理の矛盾に気付きます。ルターの宗教改革の全ては、一冊の聖書との出会いから始まったのです。
 ルターの信仰の源は、聖書に対する全き信頼です。聖書を謝りなき神の言葉として読む。だからこそ、彼は聖書に矛盾する教会の伝統を退けることができたのです。聖書を神の言葉として読むなど、合理主義の世の中に生きる私たちには、馬鹿げたことのように思うかもしれません。けれど、です。聖書はそもそも合理的な書物ではありません。私たちの常識で読んでも理解できるようには書かれていません。聖書は理不尽でご都合主義な物語に思えます。しかし、それが被造物である私たちの限界なのです。
 今日の箇所に、もう一人の助け主とは真理の御霊だとあります。実は、ここに聖書を読み解くカギがあります。神の御心は神ご自身によって明かされなければ理解できよう筈がないのです。ことばとなって来られたイエス様と、その御心を私たちの元へと結び合わせる真理の御霊。この三位一体の神への信頼と謙遜を抜きにして、聖書は決して理解できるものではありません。逆に言うと、信仰を持って読むとき、神のことばは聖霊を通して、私たちにはっきりと語られるということです。
 皆さんも経験があることではないでしょうか。聖書を読み始めて間もない頃、聖書を読んでも読んでも、ピンとこないということはなかったでしょうか。色んな解説書や注解書を読み漁って、その意味はわかったけれど、どうも腑に落ちない。ところが、ある日を境に、急に聖書の言葉がわかるようになる。目からうろこが落ちたように、読めば読むほど、心に響くものがある。いったいこの変化は何から生じるところでしょうか。それは、つまり、聖書は知識によって読むものではなくて、信仰によって読むものだということです。 
 どうせ読んでもわからないなどと心配する必要はありません。聖霊なる神が聖書を明らかにしてくださるのです。ならば、私たちはもっともっと聖書に親しむべきでしょう。聖書は読むほどに、新しい発見がある書物です。今日私に語りかける神からのメッセージなのです。

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