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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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171224 マタイ2:1-12 「インマヌエル・主と歩む決断」

マタイ2:1-12 「インマヌエル・主と歩む決断」

 マタイはヨセフの視点から救い主イエスの誕生を記しますが、その誕生を祝う場面も彼独自の視点で記します。クリスマス。イエス・キリストの誕生を祝う者たちは、遥か東方から駆け付けた異邦人でありました。
 東方の博士たちが、ユダヤ人の王の誕生を、星を見て知り、拝みに来たというのです。彼らは普段とは違う星の出現を、ユダヤ人たちが持つ救い主預言と結びつけて会いに来ました。それは彼らが旧約聖書の預言に辿り着いたということを意味しています。それは、ユダヤ人との接触を意味します。博士達が見慣れない星の出現の意味を探り求め、あらゆる文献にあたりながらも一向にその意味が知れずにいるそのときに、彼らと親しいユダヤ人の一人が、この秘された聖書の御言葉を伝える。そしてこの御言葉に無視できない何かを感じ取って、旅に出たのです。
 それは大きな大きな決断でした。正直言って何の保証もないのです。黄金・乳香・没薬などの高価な品々を持って長旅をするのですから、荷車かラクダを用意したことでしょうし、強盗などに襲われないように、護衛たちを雇っていたことでしょう。通る先々で宿の手配やら何やらと計画しなければなりませんし、旅に出た後の留守の手配や、仕事の引継ぎも必要です。周到な準備と手間、時間とリスクをかけて、彼らは旅に出ます。もしもこれが間違いであれば、全てが無駄です。けれど彼らは信じて一歩を踏み出したのです。
 さて、その彼らの到着に恐れまどったのがヘロデ王でした。預言されたユダヤ人の王が生まれたとすれば、それは自分に害を為す者です。博士たちに王の誕生について知らせるように頼むヘロデですが、その目的は、自分の王の座を守るため、預言されたユダヤ人の王を殺害しようと考えたのです。事実、彼はこの後ベツレヘムの2歳以下の男の子を一人残らず殺害します。つまり預言された王の可能性となる子を皆殺しにしたのです。彼は真っ向から、救い主の誕生を拒絶したのです。
 さて、ここにもう一つの人々が描かれます。ヘロデにキリストの誕生する場所を問われた律法学者たちです。彼らはヘロデに尋ねられて、すぐに答えるあたり、さすがは専門家でした。彼らは聖書に通じ、常日頃、研究に明け暮れておりました。しかし、そんなにも聖書に通じていながら、彼らは救い主の誕生に気付きません。いえ、もともと関心がなかったのです。星の出現は、東方でのみ見えたのではありません。イスラエルでも見えました。しかし、彼らにはその夜空にひときわ輝く星が全く見えていませんでした。聖書の御言葉は知っていました。しかし、彼らはその意味するところに全く関心を寄せませんでした。彼らは救い主の誕生に無関心だったのです。
 神のことばに対する三者三様の反応がここにはあります。東方の博士たちは、救い主の誕生、全世界の王の誕生を信じ、飛び込みました。ヘロデはこれを聞いて、恐れ、拒絶しました。祭司長たちは、全く無関心でありました。では私たちはどうかと問われるのです。
 キリストを信じることを、ある人は恐れます。何か自分が自分でなくなるんじゃないか。不自由な生活になるんじゃないか。そう言って、一向にこの方を受け入れようとはしません。そういう人は決まって言います。信仰なんて弱い者の持つもんだと。
 また、ある人はこれを無視します。大事と知りつつも、今のままの変わらない生活がいいのです。こういう人は決まって言います。もう少し色々とわかってから、もう少し遊んでそれに飽きたら、考えます。でも、今はまだ必要ありません。
 クリスマスは神である方が人として来て下さった時です。神が私たちと共にいるために来た日。しかし、実際にこの方と出会い、この方を礼拝するのは、救い主に関心を持ち、彼の誕生にこれまでの人生を変える決断をした、遠い異国の博士たちのみです。救い主との出会いは、権力でも血統でもなく、ただ信仰によります。私たちがこの方を信じ受け入れる時、それが私たちが主とお会いする時なのです。

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