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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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180415 ヨハネ17:20-26 「彼らによって信じる人々のために」

ヨハネ17:20-26 「彼らによって信じる人々のために」

 今日の箇所の冒頭20節でイエス様は祈ります。「わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。」イエス様のとりなしの祈りは、弟子たちだけでなく、これから後に福音に触れて、信仰に入れられる一人ひとり、まだ見ぬ信仰者にまで拡大するのです。そして、そのまだ見ぬ信仰者も含めた「すべての人」を一つにしてくださいと祈られます。なぜなら、そのことによってイエスが神によって遣わされたことを世が信じるためだと言うのです。
 「父よ。あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちのうちにいるようにしてください。」とイエス様は祈ります。また、「わたしは彼らのうちにいて、あなたはわたしのうちにおられます。彼らが完全に一つになるためです。」とも言っています。私たちの個性や意思は神が与えられた賜物でありますから、「一つになる」とは、私たちが誰かの代わりになるとか、誰かと同じになるという意味では決してあり得ません。それは無理な話です。しかし、私たちが霊的に「一つになる」ということはあり得ます。エペソ4:3-5には「平和の絆で結ばれて、御霊による一致を熱心に保ちなさい。あなたがたが召された、その召しの望みが一つであったのと同じように、からだは一つ、御霊は一つです。主はひとり、信仰は一つ、バプテスマは一つです。」とあります。私たちが受けた救いはただ一つだということです。神の御子の死によってもたらされる罪の贖いと救い。私たちはこの救いを共有することで一つなのです。言い方を変えますと、この救い以外で私たちが一つとなれる要素はどこにもないということです。
 学生の頃、KGK主事であった唄野先生から「夫婦は宇宙人」と教わったことがあります。夫婦はそれほど異質な存在だと。もう何十年と夫婦として年月を重ねた先生が語られるのですから重みがあります。まして夫婦ですらない関係であれば、尚の事です。私たちは全く違う生き物。けれど、そんな私たちが一つとするところがある。性別も、国籍も、年代も、職種も、状況も、価値観も、あらゆる違いを超えて私たちを一つとするものがある。それが、キリストの十字架の愛だと言うのです。私たちの最も深い部分で大切にしているものを共有する。これこそキリスト者が一つとなるところです。そしてだからこそ、私たちがこの一つなる愛に結ばれている時、世の人々はその信じがたい一致を見て、イエス様が神より遣わされたキリストであることを信じるようになると言うのです。
 「わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。」とイエス様は祈られました。「あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるようになるためです。」とも、「また、あなたがわたしを遣わされたことと、わたしを愛されたように彼らも愛されたことを、世が知るためです。」とも言われました。これまで、イエス様の祈りは世に残される弟子たちに向けてのものでした。しかし、イエス様の関心は、実は私たちで留まりません。私たちを救い、導き、そして、私たちを用いてその先へと向けられています。イエス様は私たちの先を見ておられるのです。私たちはですから、一つなる主を覚えながら、それぞれの託された地へと出ていくのです。教会は私たちのホームです。ここは遣わされる場ではありません。帰るべきところであり、出発するところです。私たちの担うべき地は世の中にあるのです。日常にあるのです。キリストの救いは神の奇跡によって広まるのではありません。キリストの救いは私たちのことばによって伝わるのです。キリストの救いは私たちの愛の一致によって証明されるのです。

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