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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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180819 ヨハネ20:1-10 「見て、信じた」

ヨハネ20:1-10 「見て、信じた」

 マリアからイエス様の遺体が誰かに奪われたと聞いて、ペテロとヨハネは墓に駆け出します。二人は競うように走ります。若いヨハネが先に到着し、ペテロが遅れて着きました。
 すると確かに墓の石がどけられていました。ペテロが先立って墓の中を確認すると、そこには、亜麻布がきれいに置かれ、頭を包んでいた布は、離れたところに丸めてありました。それはつまり、イエス様の死体が盗まれたわけではないということです。遺体泥棒なら、わざわざそのようなことはいたしません。何せ、イエス様はローマ兵が番をしているのです。眠っていたとはいえ、いつ目を覚ますかわからない番兵が、墓の唯一の出入り口を守っている中で、そんな悠長なことはいたしません。これはそういうことではありません。ここには荒らされた様子は少しもない。
 もう一人の弟子のヨハネはこの様子を「見て、信じた。」とあります。何を信じたのでしょうか。遺体が無いという現実を信じたということでしょうか。いえ、それは「認識した」というレベルの話です。そうではなくて「見て、信じた。」というのは、見えている状況を見て、その結果、見えないものを信じた。つまり、イエス様は誰かに奪われたのではなくて、ご自身で布をほどいてそこに置き、出て行かれたということを信じた。つまり、イエス様がよみがえられたということを信じたのです。これは、口で言うほど簡単な話ではありません。事実マリアは復活に思いが至らないで泣き崩れたのです。空の墓を見て復活を信じるには発想の飛躍が必要です。信仰の目が必要なのです。
 ところが、次の1節が問題です。たった今、「見て、信じた。」と言ったばかりのヨハネの信仰を真っ向から否定しているからです。どういうことなのでしょうか。信じていなかったのでしょうか。勘違いだったのでしょうか。私はやっぱりヨハネはイエス様の復活を信じたのだと思います。しかし、それでも、「彼らはイエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書を、まだ理解していなかった。」つまり、ここで考えなければならないのは、今この補足説明を書いているのは、他でもない年老いたヨハネ自身であったということです。ヨハネは、これ以降の初代教会の激動の時代を生き抜いて、今、1世紀の終わりにこの福音書を記しています。ステパノの殉教以降、キリスト者は方々へと散らされていきます。ユダヤ教からの迫害は、やがてローマからの迫害へと発展していく。多くの仲間たちが捕らえられ、信仰のゆえに命を奪われていく。死に行く彼らも、それを見届けるしかできないヨハネたちも、共々に考えられない試練の中を通らされていったのです。しかし、そのような中で、ヨハネは理解するのです。イエス様が死人の中からよみがえってくださったことの意味をです。安易な慰めなど、死を前にした者には何の力もありません。安全な席に座る者には死に行く者に共感する資格すらありません。ヨハネは皆の指導者でありながら、どれほど己の無力を恥、苦しんだことでしょうか。常日頃、あれほどイエス様の復活を教えながらも、いざという時に、かける言葉も無い。いったい、どれほどの空虚さを味わったことでしょうか。けれど何十、何百の仲間の死を見守りながら、彼は知るのです。イエス様が死人の中からよみがえられたというそのことが、死に行く者にとってどれほど希望であり、見守る者にとってどれほど慰めであることか。だからこの9節を加えずにはおられなかったのです。
 私たちもキリストの復活を信じています。多くの人が「見ても、信じない」中で、「見て、信じた」ことは、とても素晴らしいことです。けれども、それで理解したとは言えません。それは信仰の歩みの中で、日々知らされていくところです。様々な試みを通して、積み重ねた祈りを通して、その恵みは増し加えられていくものなのです。

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