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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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181007 マタイ11:11-19 「神の前に正しい人とは?」 原市場聖書教会 若村和仁師

マタイ11:11-19 「神の前に正しい人とは?」 若村和仁師

 皆さんは人と自分を比べたことがあるでしょうか?「自分と人と比べたことがない」という人はいないのではないでしょうか?聖書の時代から、人間の本質は変わらないのです。それは弟子たちを見ればわかります。マタイ18章では、イエス様に弟子の一人が「この中でだれが一番偉いか」と問いかけました。それに対してイエス様はこう言われました。「ですから、誰でもこの子どものように自分を低くする人が、天の御国で一番偉いのです。」(マタイ18章4節)一番偉くなりたいなら、自分を低くしなさい。と言われるのです。
 今日の聖書個所では天の御国で一番小さい者について書かれています。天の御国で一番小さい者は、「女から生まれた者の中で一番偉大であると言われているバプテスマのヨハネより、偉大である。」と語ります。ということは、天の御国に入れる人であれば、地上の誰よりも偉大であるということです。この偉大とは、私たちがバプテスマのヨハネよりも能力的に偉大であるということではなく、イエス様から受ける恵みが誰よりも偉大である。ということなのです。では天の御国へ入れる人とは、どのような人でしょうか?それは、自分の罪を悔い改め、イエスキリストが自分の罪の為に死んでくださったことを信じ、口で告白する人(クリスチャン)です。天の御国に入れる人とは、偉大な神様の恵みを素直に受け入れたクリスチャンということです。
 ですからこの地上で神様に喜ばれる偉い人とは、「自分の弱さを正しく知り自分を低くし、悔い改めイエスキリストを信じ受け入れた人」なのです。このイエスキリストの救いの計画に耳を傾けない人々に「耳のあるものは聞きなさい」と語りかけられました。それは、16節~18節にたとえられていますが、当時のユダヤ人たちが、バプテスマのヨハネの言葉にも、イエスキリストからの言葉にも、耳を傾けなかったからです。
 当時一番神様に近い民族とされていたユダヤ人たちこそが、神様の言葉に聞くことができず、神様から遠い存在になっていたのです。ユダヤ人たちは、自分たちの口伝律法であるユダヤ法に基づいて、人と比べ、自分のほうが儀式を守っているということを自慢していました。イエス様はそのような儀式主義の人々に、神の前に正しいかどうかを証明するのは、「・・・知恵が正しいことはその行いが証明します。」と19節で語っています。
 「神様の前に正しい人」であるかどうかは、私たちがまず謙虚に「御言葉に聞く者」であるかが問われています。そして、その御言葉を「実践すること」が神様の御心を実現する、正しい歩みの一歩となるのです。

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