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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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190106 ハイデルベルク信仰問答 問1~2

ローマ14:7-8 「ただ一つの慰め」

 近年はポスト・モダニズムと呼ばれる時代です。絶対的な真理が否定され、全てが相対的に捉えられる時代。「それはあなたにとっては本当かもしれないけれど、わたしにとってはそうではない」とこう言われる時代です。このポスト・モダニズムの時代、聖書という真理の書の権威までもが脅かされているのです。もし信仰が受け止める側の心の問題だと言われるなら、もはやここには何の救いの根拠もありません。それは単なる思い込みでしかありません。私たちはそういう聖書の読み方を避けなければなりません。
 今日の説教題は「ただ一つの慰め」です。これはハイデルベルク信仰問答の第1問です。実は今年はこのハイデルベルク信仰問答を用いて、聖書の教えるところを学びたいと思うのです。信仰問答と聞きますと眉をひそめる方もおられるかも知れません。難しそうとか、面白くないと思われるかも知れません。けれど、私たちはこのポスト・モダニズムの時代に、聖書の権威に基づく普遍的な信仰の物差しを持つ必要が、やはりあろうかと思うのです。時代の流行り廃りに左右されない、他者の発言によって変わることのない確かな聖書を読み解く物差し。私たちの信仰の共通の理解を教会として持っておく必要があると思うのです。
 ハイデルベルク信仰問答は「生きるにも死ぬにも、あなたのただ一つの慰めは何ですか。」という有名な問から始まります。そしてその答えを、私は主イエス・キリストのものだからと言うのです。世の中は、ポスト・モダニズムは、私は私のものだというメッセージで溢れています。「あなたの人生はあなたのものだ。だからあなたの望むように、したいように生きたら良いんですよ」と言います。一瞬、とても心地の良い話に聞こえます。けれど、その語るところの真の意味はこうです。「あなたの人生はあなたのものだから、あなたがどうなろうと、私には関係がありませんよ」。実は「あなたはあなたのもの」というメッセージは、誰もあなたを助けない。誰もあなたに責任を持たない。あなたは自分の責任で一生を生きなければならない。と、こう言っているに過ぎないのです。何と孤独な生き方でしょうか。そして何と悲惨な死に方でしょうか。私の人生の慰めが、私の生き様にかかっていると言われれば、私たちはただ溜息をつくしかありません。
 しかし聖書はそうではないと言っています。生きるにしても死ぬにしても、私は主のものだと、こう言っているのです。私は、私自身のものではなくて、キリストのもの。だからこそ、キリストは私の人生に責任を負ってくださる。父の御旨でなければ髪の毛一本も落ちることができないほどに、わたしを守っていてくださる。私を聖徒として整え、祝福の人生を送らせてくださると、こう言うのです。パウロがいつも自らの死を厭わずに、信仰を告白できた根拠は、自分への自信ではなくて、主キリストの救いの確信から来ているのです。福音を正しく理解する時、私たちの人生は文字通り揺らぐことのない確信に満ちた人生と変えられるのです。
 ではこの確信は、どのようにして得ることができるでしょうか。それは3つのことを知ればいいとハイデルベルク信仰問答は言います。一つは、どれほどわたしの罪と悲惨が大きいかということ。二つは、どうすればあらゆる罪と悲惨から救われるかということ。三つに、どのようにこの救いに対して神に感謝すべきか、ということです。次回から、この3つのことを順々に学んでいくことになります。各論に入りますと、とかく忘れがちですが、これからの学びは全て、このただ一つの慰め、私は主のものとの確信に結びつくものだということです。このような学びがいったい何のためになるのか。その答えはこの第1問にこそあるのです。

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