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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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200527 Ⅰ列王記16:21-34 「主の目の前に」

Ⅰ列王記16:21-34 「主の目の前に」

 今日の箇所は北イスラエルで第3王朝を開いたオムリとその子アハブについてが記されます。
 オムリは北イスラエルの6番目の王で、第3王朝となるオムリ王朝の祖となります。第1王朝がヤロブアム、第2王朝がバアシャ、第3王朝がオムリという具合です。北イスラエルは謀反によって王朝が代わる代わるのが特徴で、血統ではなくて完全な実力主義による王国の形成でした。
 バアシャの子エラがジムリの謀反によって討たれて、ジムリはイスラエル王を名乗ります。けれど、彼には人望がありません。すぐさま対抗馬としてイスラエル王に推薦されたのが将軍オムリでした。オムリはジムリを討ち、もう一人の対抗馬であるティブニをも破って、前885年に正式にイスラエルの6代目の王となります。彼の治世で最も大きな功績は、北イスラエルの首都をサマリヤとすることでした。サマリヤは、もともとは何もない100メートルほどの高さの丘で、彼はこの丘の上に町を建設し、これを首都としたのです。サマリヤは東西に長い台地で見通しがよく、戦略的にも恵まれた地で、西のツロやシドンとの交易にも近く、サマリヤは南のエルサレムに匹敵する大都市に発展していきます。そして何より、この台地の上に立つ町は、この後、幾度もの敵国による包囲にも持ちこたえたのです。
 読んでわかるように、人望があり、先見の目を持ち、経済に明るく、戦にも強いオムリ。歴史的、政治的には大変優秀な人物であったと言わざるを得ません。実はこのオムリという人は聖書以外の記録に登場する最初のヘブル人君主でして、モアブの碑石にはオムリがモアブを攻め苦しめたことが刻まれています。またアッシリヤに残された記録にも北パレスチナの地域を「オムリ(フムリ)の地」と記されています。考古学的発見が聖書に記されるオムリの存在を証明し、如いては聖書そのものの歴史性を証明している。オムリという王の存在がどれほどの人物であったかが伺えしれます。
 次に記されるのは、そのオムリの子アハブです。アハブはご承知のように、妻イザベルと共にバアルの神を国中に広め、これまで以上に偶像礼拝を蔓延させた王です。18章に記される預言者エリヤとの戦いは私たちもよく知るところです。これはイゼベルを妻に招いたによって、彼女の出身国シドンの宗教が入ってきたわけです。つまり、シドンの王エテバアルの娘イゼベルを妻に迎えるというのは、アハブがシドンとの関係強化のために行った政略結婚だったわけです。そしてその目論見どおり、地中海に面する貿易国家であったシドンの富が、イスラエルにもたらされたのです。
 イスラエルの歴史を見ても、実はこのオムリ王朝は大変栄えた時代、強力な力を有した時代を築いたのです。国は富み、周辺諸国にも睨みを効かせ、首都サマリヤを中心に国として繁栄していった時代。けれど、この王たちの記録には、彼らの偉業を称えることをいたしません。なぜなら、この王たちの記録は、なぜ神の民の王国が滅びに至ってしまったのか、というこの一点を伝えるために記されているからです。
 オムリは、ヤロブアムの罪を取り除くことは遂にいたしませんでした。25「オムリは【主】の目に悪であることを行い、彼以前のだれよりも悪いことをした。彼はネバテの子ヤロブアムのすべての道に歩み、イスラエルに罪を犯させ、彼らの空しい神々によってイスラエルの神、【主】の怒りを引き起こした。」そのオムリよりもさらに主の目の前に悪を行ったのがアハブでした。31~33「彼にとっては、ネバテの子ヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことであった。それどころか彼は、シドン人の王エテバアルの娘イゼベルを妻とし、行ってバアルに仕え、それを拝んだ。さらに彼は、サマリアに建てたバアルの神殿に、バアルのために祭壇を築いた。アハブはアシェラ像も造った。こうしてアハブは、彼以前の、イスラエルのすべての王たちにもまして、ますますイスラエルの神、【主】の怒りを引き起こすようなことを行った。」
 聖書が問うのは、その人がどんな偉業を成したのか、どれほどの富をもたらしたのか、どれほどの称賛を得たか。ということではありません。主の目に、どのような者かが問われるのです。オムリもアハブもその時代の中では讃えられたことかもしれません。国は富、民は潤います。人々はオムリ様様、アハブ万歳であったでしょう。けれどそのために失ったものはあまりにも大きいのです。見えぬところで彼らは全能の神の信頼を失ったのです。私たちは主の目にどのように映っていることでしょうか。私たちは誰の称賛を追い求めているでしょうか。彼らのこの記録の裏で、民の滅びを嘆き、命を賭して声をあげた預言者たちがおりました。彼らは民の反発を受け、王の怒りを買いました。けれど主の目に正しい者であり、永遠の祝福に預かったことでした。私たちの信仰の歩みは、多くの人には理解されないかもしれません。この世のいわゆる成功とはかけ離れているかもしれない。華々しくないかもしれない。けれど、それこそが救いの道。十字架の道です。誰の評価でもない。主の目の前に、自らを吟味する者として今日を過ごしたいと思います。

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