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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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200708 Ⅱ列王記11 「その忍耐には目的がある」

Ⅱ列王記11 「その忍耐には目的がある」

 冒頭に出るアハズヤとは南ユダ王国の6代目の王アハズヤのこと。アハズヤは北イスラエルの王ヨラムと共にラモテ・ギルアデでアラム人と戦いました。この時期珍しく南ユダと北イスラエルの関係は良好です。なぜなら、アハズヤの母アタルヤは北イスラエルの王アハブとイゼベルの娘でありました。アハズヤから見ると、ヨラム王は母の兄、つまり伯父に当たる関係だったからです。しかしヨラムはその戦いで負傷します。そこでアハズヤは伯父のヨラムを見舞いに北イスラエルに出向きます。しかしその時、北イスラエル軍の隊長エフーがヨラムに対して起した謀反に巻き込まれて死んでしまうのです。
 息子であるアハズヤが死んだことを知った母アタルヤは、なんとこの機会を取らえて王の一族をことごとく滅ぼし、自ら王座に座ります。王の一族とはつまりは自分の孫息子たちのことです。自らの血縁にすら手をかけて、王座を奪い取る。血迷ったのかと思いますが、そうではありません。彼女には母イゼベルから引き継がれた一つの本懐がありました。それは、ダビデの家系を根絶やしにして、南ユダにバアル信仰を土台とする国家を樹立することです。イゼベルがアタルヤを長年の宿敵である南ユダ王国に嫁がせたのは、まさにそのためだったのです。
 この暴挙に、アハズヤの異母妹であり祭司エホヤダの妻エホシェバがアハズヤの子ヨアシュをかくまい、主の宮に6年間隠すのです。7年目、祭司エホヤダはアタルヤの留守中に、ヨアシュの戴冠式を行い、正式に王として即位させます。そして謀反を起こし、アタルヤを捕え、王宮に移してからこれを討ち取ります。そしてバアルの宮を取り除くのです。
 図らずも、この時期、北のエフーと南のヨアシュによって一斉にバアル神が取り除かれるのです。バアル神はカナン地方の土着の偶像でしたが、特にこれが詣でられるようになったのは、ツロ・シドンの祭司エテバアルの娘イゼベルが北イスラエルの王妃として迎えられてからでした。ツロ・シドンの財を懐に入れるために、政略結婚をした結果、偶像が蔓延したのです。そして、イゼベルの信仰は、娘アタルヤに引き継がれ、南ユダを崩壊直前までに追いやることとなったのです。
 今日の箇所で特筆すべきは、絶対的な悪を前に、6年もの間、幼い王子を匿い、守り通した祭司エホヤダと妻エホシェバの静かで堅牢な信仰です。この6年、彼らはヨアシュが成長するのを見守り、じっと息を潜めて暮らします。バアル信仰が広まる中、祭司エホヤダとその妻の立場は風前の灯火。自らを守ることすらままならない状況でありました。ましてやヨアシュを匿っている弱みがあります。少しの疑いも綻びも見せられない。自分たちに何かがあれば芋づる式にヨアシュも捕らえられてしまうからです。彼らの気の使いようは尋常ではなかったことでしょう。たとえば、ヨアシュに縄をかけてアタルヤの前に引きずり出せば、彼らは一躍表舞台に返り咲けたことでしょう。けれど彼らはたとえ泥水を啜っても、日陰の現状に耐え忍びます。彼らにはユダ王国に真の信仰を取り戻すという使命があったからです。
 何の理由もなく困難に絶えることはできません。けれど、その忍耐に意味を見出すとき、そこに目的を見つける時、たとえ困難な現状であろうとも耐え忍ぶことができるのです。彼らは絶望的な状況の中でも一つの希望を見ています。ヨアシュが成長し、ユダの民が今一度、主の民となることです。神礼拝の復活です。そしてその希望は6年の年月を経て実現するのです。アタルヤを討ち取ったエホヤダは、真っ先に、主と王と民との間で、主の民となると言う契約を結びます。ここにダビデの家系は守られ、真の神礼拝がよみがえったのです。その忍耐には意味がありました。目的がありました。だから耐えられたのです。目的を見定めることが大事です。そこが定まれば、私たちは多少の雨風で倒れることはありません。その忍耐は明日に繋がっているでしょうか。やがて成る希望に繋がっているでしょうか。人生に困難は付き物です。その困難の意味を知ることが大事なのです。

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