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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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200906 ルカ3:21-22 「聖霊が降って」

200906 ルカ3:21-22 「聖霊が降って」

 ルカは極めて簡素にイエス様のバプテスマの場面を記しています。その内容はマルコの福音書と極めて似ており、恐らくルカはマルコの福音書を参考にしてこの記事を載せたのでしょう。けれど、その記事の取り扱い方は全く違います。マルコはこのバプテスマの出来事を福音書の初め、イエス様の記録の初めに記します。それに対してルカはこの記事を人として過ごされたイエス様が、いよいよ神の使命へと踏み出す場面。つまり人生のターニングポイントとしてこのバプテスマの出来事を記すのです。
 そのことは、このバプテスマの折りに聞こえてきた天からの声にも表れています。バプテスマを授かり、聖霊がイエス様の上に留まった時、天からの声がありました。「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ。」これは天の父なる神から、子なるイエス様に向けて語られた言葉です。けれど、よくよく考えて見ますと、ちょっと不思議な言い方です。随分と他人行儀と言いましょうか、畏まっていると言いましょうか。普通、父と子の会話で「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ。」とは恥ずかしさもあって、あまり言いません。かろうじて想像するのは、例えば愛する子を戦地に送り出す時にですとか。臨終の間際に、先立つ息子の手を取ってですとか。何か大きな失敗をしてうなだれている息子に向かって一言ですとか。そういう場面にあって初めて口にする類(たぐい)の言葉ではないかと思うのです。そして、父なる神さまも、まさにそのような意味合いを込めて、ここで宣言をされているのではないでしょうか。なぜなら、いよいよこのバプテスマを持って、イエス様は公の働きを開始されるわけです。それは他でもない世の罪を贖う働きです。人々の罪の犠牲となられる働きです。イエス様は十字架にかかり死ぬためにこの地にお生まれになられたのです。父なる神はその働きに今まさに一人息子を送り出そうとしているのです。戦地に送り出す心境です。今生の別れをするような心境です。人を知り、人に寄り添うために、これまで家族と共に過ごしてこられたイエス様が、いよいよ父なる神の使命に歩み出す。その人生の転換点に、天の父は「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ。」と声をかけられるのです。何となしに読みますと、ほのぼのとした場面なのかなぁと思いますが、実はそうではなくて、別れを意識して、その思いの長けの言葉で送り出す、大変熱い場面が描かれているのです。
 そして、これから神の使命に歩み出すイエス様に、父なる神から送られたのは言葉だけでなくて、聖霊なる神でありました。イエス様は人となられるその時、御自分の栄光をお捨てになられて来られました。だからこそ、永遠の神である方が死ぬという唯一不可能なことが起こり得たのです。身代わりの死となられるために、イエス様は神としてのあり方をお捨てになられた。それゆえ30年間、イエス様は人として成長し、家族に仕え、人を知る歩みをされて来ました。しかし、いよいよ本来の使命へと足を踏み出します。父なる神はそんなイエス様を決して放り出すことはいたしません。むしろ聖霊を送られる。あなたを決して一人では行かせない。その使命を全うできるように、そこに至る全ての災いから守られるように、聖霊がとどまり続けるのです。
 実は、このバプテスマにおける三位一体の神の構図と全く同じ出来事が、使徒の働きに記されています。ペンテコステです。イエス様はご自身の代わりの助け主として聖霊を送り、聖霊を受けた弟子たちは福音宣教の使命へと遣わされていく。イエス様がそうであったように、間違いなく信仰者にとっての人生のターニングポイントとなる出来事がそこにある。人は聖霊の助けをいただいて、神の使命に生きるようになるのです。
 このことは何を意味するのでしょうか。それはイエス様の福音宣教の初め、バプテスマの折りに父なる神がイエス様に向けられた想いや激励が、今また私たちにも向けられているということです。信仰者の歩みは決して楽で平坦なものではありません。世の人は福音を喜ぶばかりではありません。明らかに嫌がる人。邪魔をする人。汚い言葉をかける人もいるでしょうか。そんな中を神の使命を背負って生きることは時に困難です。けれど、そんな私たちに神は言われます。「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ。」そして、何より聖霊が共にいて下さいます。私たちは一人で送り出されるのではありません。私たちを守り、御言葉によって導き、祈りの内に強めてくださる聖霊が、決して引き離されることのないようにと、私たちの内に住んでくださっているのです。神の使命に生きる人生とは、父なる神の激励を聞き続ける人生です。聖霊の助けをいただき、主イエスの命懸けの愛に支えられる人生です。この行き着く先は決して空しさに至りません。聖霊は「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ。」と今日も父の声を届けてくださっています。

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