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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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2015/10/18 使徒17:24-25 「人は、何処へ行くのか」 小向三郎師

使徒の働き17:24-25 「人は、何処へ行くのか」 小向三郎師

 人生はよく旅に例えられますが、私たちはどこから来てどこへ行こうとしているのでしょうか。
 人間は地上の生を終えると、元あった命の大河に還っていき、また将来縁があればその大河から命をいただいてこの世に生まれてくる、すなわち命とか時代というものは、始めもなく終わりもなく、ぐるぐると回っているという考え方があります。これは古今東西広くみられるものですが、それはこの世の短い命を生きている人間が、どうにかしてその空しさから逃れよう、死の不安や恐ろしさを、いくらかでも和らげようとする試みです。このような考え方は容易に宿命論に陥り、私たちの人生を空しいものに変えてしまいます。「すべては運命のいたすところ」と諦めの人生を歩むことになります。
 これに対して、聖書はすべてのものは初めがあり終わりがあると言っています。聖書の冒頭に「初めに神が天と地を創造した」(創世記1:1)とあります。この世界は、神が天と地を創造されたことから始まります。すべては神によって、無から創造されたのです。自然界の秩序正しさや規則正しさ、荘厳さ、神秘性、また生き生きとした活動など、これらはすべて神の栄光を現しています。それで自然を神と勘違いして拝んでいる人もいるほどです。そしてこの世界は、やがて終わりを迎えます。私たち人間が己の欲に囚われて、あまりにも酷い状態に変えてしまったからです。進化論者は世の中はますます高度な、賢く便利な良いものに進化していくと楽観的な見方をしていますが、聖書は時と共に世の中はどんどん悪くなり、やがて神の正しい裁きがなされると警告しています。そして神が支配される新しい世界がやってくるのです。創造の神は私たちが生まれる前から、私たちの全てを知っておられ、守っておられます。この世においては経済的に悩むことがあり、病を得て苦しむこともあります。しかしすべてを支配しておられる神は、そのような苦しみ、困難、時には人の悪事さえも、良いことのために用いられ良いものに変えてくださると約束しています。
 聖書はまた救いについて教えています。人は救いを必要としています。すべての人が必要としている救いは、罪と死の滅びからの救いです。死に対して人は全く無力な者です。「罪の支払う報酬は死である」と聖書にありますが、死は罪の結果です。ですから私たちは死を不気味なものとして恐れています。聖書はすべての人が神の御心にそむき死と滅びの運命にあると言っています。しかし愛と恵みに満ちた神は、キリストを信じるすべての者を、ただその信仰のゆえに救ってくださいます。人となって来られた神のひとり子イエス・キリストは、私たちの罪を背負って十字架にかかり、私たちが受けるべき罪ののろいである死を身代わりに受けてくださり、三日目に死から復活されました。それによって私たちを死と滅びから解放してくださったのです。
 今や神は私たちの味方となって私たちを守っていてくださいます。「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。」(ローマ8:31,32)と聖書は言っています。聖い神さまを味方として生きる人生は、宿命論を生きる人のように諦めではなく、私たちはすべてにおいて圧倒的な勝利者となることが出来るのです。私たちはどこまでもこの方に頼り、この方に導かれて、御国を目指して歩んでいくのです。

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