FC2ブログ
プロフィール

Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
リンク
QRコード
QR

2015/11/1 ルカ23:32-43 「私を思い出してください」 長橋和彦師 (徳丸町キリスト教会伝道師)

ルカ23:32-43 「私を思い出してください」 長橋和彦師

 洗礼を受けた翌年でした。「彼らは何をしているのかわからないでいるのです。」とは、私のことではないか。罪を告白し、信仰告白したつもりが、まだ神さまか、この世の流れかと、ふら付いている自分がいる。しかし、そのための祈りであったと、心を打たれました。主イエスをとおして迫る神さまの深いご愛を、もう一度知った時でした。
 ふたりの犯罪人の真ん中に主イエスははりつけにされました。二人の犯罪人は、その罪状がはっきりし、その結果でした。しかし、ご自分を「神の子」と宣言される以外は理由もないにもかかわらず、彼らととともに、同様に極刑の十字架に架けられます。この時、主イエスは、彼らのためにとりなしの祈りを捧げられます。私は、主の深い愛に圧倒されて、あらためて自分のそむきの罪がわかり、感謝し、悔い改め(方向転換し)ました。
 さて、遠く、近くと取り巻いている民衆がいます。彼らはながめている。煽動にのせられた者たちと言えますが、他人事、無関係として、傍観しています。あざ笑っている指導者たちもいます。ローマの兵士たちもあざ笑う流れに同調します。十字架につけられた犯罪人のひとりは、そこでの見物人とは違い、現実に十字架の苦痛のさなかにおかれているのですが、それでも、「自分と私たちを救え」と主をののしります。もう一人の犯罪人は、その苦痛の中で静かに告白します。「この方は、わるいことは何もしなかったのだ。」と。そればかりか、「御国の位におつきになるときには、(御国の権威をもっておいでになる時)」「私を思い出して」くださいと願います。彼は、祭司長や律法学者のようには、聖書を理解してはいなかったでしょう。しかし主イエスは、彼のことばを受け止めます。「きょう、わたしとともにパラダイスにいます」という約束をされました。「きょう」は、「今」あるいは「今から後」と、主は完全で、無限の救いを実現されました。主イエスと共にあるかぎり、十字架上でも、取り降ろされてからでも、この人は「きょう(今)」パラダイス・神の園の中に実在するものとなりました。肉体が朽ちたあとの一時的な霊魂の休息所ではなく、主イエスとともに永遠にあるのです。
 私は3年4か月前に、家内を天に送りました。彼女は、突然、脳神経の難病に打たれ、緊急入院、7週間で召されました。言語中枢が侵され、語ることはありませんでした。その間、本人がどこで、もう回復されずに召されてしまうのだと認識したかは不明です。しかし、入院直後まで動いていた僅かばかりの手の反応から、主にある平安、平和、を得ていてくれたと感じました。まさしく地上の最後も、主と共にある喜びを味わいつつ、そして召されていったことを見ました。私たちは、「私を思い出してください」と主に申し上げ、「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」との約束の恵みを、今、頂きましょう。

コメント

非公開コメント