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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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2015/11/29 ルカ1:26-3 「あなたのおことばどおりに」

ルカ1:26-38 「あなたのおことばどおりに」

 御使いガブリエルは「おめでとう」と言い「こわがることはない」と言います。そんなわけいかないのです。あのダニエルですらガブリエルを前に気を失ったのです。少女マリヤが正気でいることのほうが驚きです。しかもその内容は、マリヤの妊娠の知らせであり、ましてや、その子が救い主であることの宣言なのです。彼女は許嫁のヨセフとの結婚を夢見る少女に過ぎません。このときのマリヤは12歳くらいだったろうと言われています。12歳のまだ結婚前の少女にそんな大それた望みはありません。人並みに結婚して、貧しくても夫と二人その日の糧が与えられ、そしてできれば子どもを授かって・・・。ところが、御使いの知らせは彼女の夢を無残に打ち砕くのです。婚姻中に妊娠すれば、当然父はヨセフと皆思うでしょう。けれどヨセフがそれを否定したらどうでしょう。姦淫は石打です。そしてマリヤがどれほど否定しても、これからお腹はどんどん大きくなっていくのです。ヨセフは裏切られたと傷付くでしょう。怒って婚約を解消するかもしれません。いえ、たとえ彼がそれを許しても、本当の意味でもう心が通わすことはできないかもしれません。マリヤのお腹を見るたびにヨセフは惨めになるでしょう。ですから、マリヤの今直面した試練と言いますのは、おめでとう。と言われるような単純なものではないのです。
 けれど、彼女は御使いの言葉を信じ受け入れます。そこにはエリサベツの存在がありました。エリサベツはマリヤの親戚にあたります。子が産めなかったエリサベツは、きっと幼いマリヤを実の子のようにかわいがっていたことでしょう。ですから不妊の女の悲しみを幼いマリヤも身近に見ていたに違いありません。そのエリサベツに子が与えられたと言うのです。もしそうだとしたら、それは何と素晴らしいことでしょう。エリサベツの身に起きた奇跡をマリヤは自分のことのように心から喜べます。神のなさることは全て時にかなって美しい。それは間違いなく主なさることに違いありません。そして主がなさるなら、私に告げられたことも、その通りになるに違いない。マリヤはエリサベツの出来事を聞いて、この御使いの言うとおり、ただ主を信じて受け入れる決心をしたのです。
 マリヤは混乱し、先を思って不安になり、しかし今ひざまずいて答えます。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」明日を考えれば不安だけれども、周りを見れば恐ろしいけれども、本当は逃げ出したくなる思いだけれど、しかし主は良くして下さるに違いない。主に信頼すれば間違いがない。他の誰を見ることなく、主にこの身をゆだねよう。そういった決意の表れがこの言葉には見えるのです。
こうなる。ああなる。こんなことが起こる。現実の歩みは私たちに様々な不安を招きます。目まぐるしい日々の中で、私たちは息も付けぬほどです。将来を考えるとき、先のことを思う時、私たちにとっては、それは希望である以上に、襲い掛かる不安ではないでしょうか。しかしです。実はどのような不安の中にあっても、目まぐるしい中にあっても、いつも神が問うておられるのは一つの事だけです。それは、神にとって不可能なことは一つもない。あなたはこれを信じますか。ということです。神があなたと共にいるということをあなたは信頼しますかということです。明日のことすらわからない私たちですから、不安になるのは当然です。心配して当たり前です。私たちには不可能な事ばかりです。けれど、そのような時、「神にとって不可能なことは一つもありません。」というこの一点に私たちはまずは立ち止まるべきなのです。

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