FC2ブログ
プロフィール

Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
リンク
QRコード
QR

160221 ピリピ2:25-30 「命の危険を冒してまで」 浜田進師(北秋津キリスト教会)

ピリピ2:25-30 「命の危険を冒してまで」 浜田進師

 ピリピ教会のメンバーであったエパフロデトという人物に焦点を当てながら、「奉仕の姿勢」について学びましょう。エパフロデトは、投獄されていたパウロに献金と贈り物を届けるために派遣された使者でした。また彼はパウロの身の回りのお世話や、様々な働きをサポートする使命を与えられ、ピリピ教会の代表として派遣されたようです。
 パウロは、エパフロデトのことを「窮乏のときに仕えてくれた人」と言います。「窮乏」とは「必要」とも訳される言葉です。ここから「奉仕」について考えさせられます。奉仕とは、自分のしたいことを、自分のしたい時にすることではありません。また、奉仕は自己満足のためにするものでもありません。奉仕とは、「必要」があるところに仕えることと言ってもいいでしょう。
 教会の中を見渡して「あ、ここが足りないな。」と思うことがあるでしょう。そういう時、「牧師や役員は何をやっているんだ!」と批判するだけでは何も変わりません。その必要を知って、自分にできることを進んでする時に教会は変わっていくのだと思います。  皆さんが神さまから与えられている素晴らしい賜物を用いて、教会の必要のために仕えるなら教会はさらによくなるでしょう。
 その時に奉仕をよくなさる方は要注意です。身体も比較的よく動き、能力もある方は、「自分はできる!」と思いがちです。そして、そのような方は、神様のご栄光を現すのではなく、ご自分の栄光を現しやすい傾向にあります。その方は、最初は教会の必要のために熱心に仕え始めたかもしれません。しかし、それがいつの間にか、自分が頼りにされることを求め、自分の居場所確保のため、自分の能力が評価されるため、そして自己実現、自己満足のために奉仕をするということにすり替わる危険があります。
 でも、逆に自分には力がない、自分には十分できないなと言って、自信のない方は、その分だけ、よく祈り備えるでしょう。そして、与えられた奉仕を成し遂げた時に、「神様のおかげでこの奉仕ができました」と自分の力を誇ることなく、神様をほめたたえ、神様のご栄光を現すことができるのです。
 ところでエパフロデトは、死ぬほどの病気になってしまいました。人間的な見方をするなら、彼は挫折した者です。また志半ばで倒れ、使命を果たせないどころか、周囲に多大な迷惑と心配をかけてしまった人です。しかし、パウロは苦々しい思いではなく、大いに喜んで、主にあってエパフロデトを迎えるようにと言います。そして、彼のような人に尊敬を払いなさいと命じます。なぜなら、彼は、キリストの仕事のために、命の危険を冒してまで仕えたからです。彼は命の危険を冒してまで、いや命そのものを十字架で捧げて下さったイエス様の愛に応えようと、自ら命の危険を冒してまでイエス様とパウロに仕えました。
 私たちの奉仕の姿勢はいかがでしょうか。イエス様のために、命の危険を冒してまでも仕えよう!という覚悟はあるでしょうか。私たちの生き方は、イエス様の命がけの愛に応えているものでしょうか。私たちは皆がエパフロデトのような働きをしないかもしれません。でも、彼のもっていた精神、スピリットを主から与えられたいと思うのです。今週、新たな思いを主からいただき、イエス様の命がけの愛にお応えして、精いっぱい主に仕えていきましょう。

コメント

非公開コメント