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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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160228 マタイ8:23-27 「ひとりぼっちでいいですか?」 野寺恵美師(赤羽聖書教会牧師)

マタイ8:23-27 「ひとりぼっちでいいですか?」 野寺恵美師

 ガリラヤ湖を渡って向こう岸に行こうとしていたイエスと弟子たちは途中で大暴風に遭います。大暴風の中で弟子たちは死にもの狂いで舟を守ろうと襲って来る恐怖と戦いながらあらゆる手を尽くしたことでしょう。でもその中でイエスは眠っていました。自分たちの力の限りを尽くしての努力もむなしく、舟に水がいっぱいになってまさに沈むしかなくなった時、弟子たちはイエスのもとに助けを求めてやって来ました(25)。ところが助けを求める弟子たちをイエスは叱りつけたのです。なぜでしょうか。
 この船旅の先導者、責任者はイエスです(23)。そのイエスが何の心配もなく眠っているのですから舟は沈まなかったはずです。たとえ舟が沈んで死ぬとしても主が共にいて下さいます。しかもイエスに従った結果としての死なのです。ですが、すぐそばにおられるイエスを忘れて目の前のできごとに目を奪われ恐怖に包まれた弟子たちをイエスは「信仰の薄い者たち」と叱ったのです。
 この嵐を起こされたのは主なる神 (25)です(詩篇107:23~30)。イエスが見ていたのはさかまく波でもうなり声を上げて吹きまくる風でもなく、それらを造り治め動かしている神でした。だから外の状況がどんなに荒れ狂っていてもイエスの心の内は大凪のようでした。一方神を見ることができなかった弟子たちの心の中は外の大嵐同様に荒れ狂ってしまい「信仰の薄い者たちだ」と叱られたのです。
 イエスが先に乗られた舟に従って乗った弟子たち。私たちも主イエスに召され主の後に従う者としてイエスが先に乗られた舟に乗った者です。イエスが一緒に乗っておられることを忘れてはなりません。「私は世の終わりまでいつもあなたがたと共にいます」というイエスの約束どおり、イエスを信じる私たちはもうひとりぼっちではないのです。
 また私たちの乗った舟はすべてを造り支配しておられる神の御手の中にあります。嵐を起こすのも静めるのも「主」です。大暴風という激しい試みにあって弟子たちは自分たちの限界を知りますが、同時に神であるイエスの偉大な力を知ってますますイエスをあがめ畏れます。主は私たちを何の意味もなく試みに会わせることはなさいません。信仰の薄い私たちは試みの中でぼやきつぶやきながらようやく主を見上げるような弱い者です。でもそこで主はご自身のみわざを見せて下さいます。「なぜこわがっているのか。ここに私がいるではないか。この私について来なさい。」と声をかけて下さるのです。
 私たちは信仰の薄い者なのです。でもイエスはそんな私たちにあきれて見捨てるような方ではありません。「なぜこわがるのか。信仰の薄い者だ」と叱り飛ばしては弱い私たちの目を覚まさせ主へと目を向けさせて下さるのです。主のことばにこそ私たちの目を覚まさせる力があります。主の励まし、導き、叱責、すべてが書かれてある聖書に目を開き、耳を傾けましょう。
 詩篇107:30には「そして主は彼らをその望む港に導かれた」とあります。弟子たちもこのあとイエスと共に向こう岸に着いて更に大きな働きを繰り広げます。私たちも既にこぎ出されているこの船旅を「主を見失わないように」と祈り、絶えず主の声であるみことばに耳を傾けながら、父なる神そして主なるイエスの導きに従って、まさに大船に乗った気持ちで進み続けていきましょう。

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