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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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160424 ヨハネ5:19-30 「父なる神と子なる神」

ヨハネ5:19-30 「父なる神と子なる神」

 見えない神さまの臨在を私たちはどのように知ることができるのでしょうか。神の声を聞かずして、どのように神に希望を持つことができるのでしょうか。父なる神はそのために、ご自身のひとり子をお送りになりました。
 父がなさることを同様に行うしかできない子なる神。それしかできない、と聞きますと、何かイエス様は全能の神ではなくて限界ある存在のように聞こえます。けれど、そうではありません。イエス様は子なる神であるがゆえに、そのご性質上、父なる神と同様にしか行うことができないのです。子は父の写しです。それは当時の社会ではより顕著でした。当時は大工の子は大工。祭司の子は祭司。子は親の仕事ぶりをつぶさに見て、それを忠実に真似て、継いでいきます。老舗の料理屋が親の味が継げずに客足が遠のくということがありますように、二代目にまず求められるのは、親の写しとなることです。父なる神のみこころのままに。父なる神のご計画の通りに。それはイエス様が神のひとり子であるがゆえのご性質であるのです。
 一方で、父は我が子にだけは特別の極意を明らかにします。師匠たる者、どの弟子にも一通りの手解きは教えます。けれど、一子相伝。極意と呼ばれるそれは、たった一人。我が子にだけ開示されるものです。父なる神は、子なる神に二つの特権をお与えになりました。一つは「いのちを与えること」。もう一つは「さばくこと」です。これらは神だけの特権です。誰も自由にこのようにする権利は持っていません。ところが父なる神はその全てを子なる神にお示しになったのです。それはすべての者が、父を敬うように子を敬うため。父が子を特別に想われるがゆえです。
 父なる神と子なる神は相思相愛です。全てを共有し信頼し合う親子の関係が、ここにはあります。そしてこの子なる神は見える人となって、父なる神を明らかにするのです。ですから、子なる神を無視しては、決して神のみこころを知ることはできません。私たちが父なる神を知りたければ、子なる神を見れば良いのです。

  この人を見よ この人にぞ こよなき愛は あらわれたる
  この人を見よ この人こそ 人となりたる 活ける神なれ

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