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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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160724 ヨハネ6:66-71 「ユダにはなるまじ」

ヨハネ6:66-71 「ユダにはなるまじ」

 イエス様の言葉に失望した多くの弟子たちは、イエス様の側を去っていきました。残った弟子たちにイエス様は言います。「まさか、あなたがたも離れたいと思うのではないでしょう。」イエス様は意気消沈しておられるのでしょうか。いえ、イエス様は12弟子の覚悟を問うておられるのです。
 あの素晴らしい五千人給食の出来事があって、行く先々に人々が押しかけてきました。以前からイエス様に付き従う弟子たちにとって、それは輝かしい成功の場面です。ところがその興奮に酔いしれる彼らの目の前で、今度は多くの弟子たちが去っていく。この場面、意気消沈していたのは他でもない12弟子たちでした。
 イエス様の言葉を受けて、ペテロが答えます。と言いますか、イエス様が語られるまで、ペテロですら口が開けなかったのです。沈黙を破ったのがイエス様で良かった。イエス様の落ち着いたいつもと変わらないその声を聞いて、ペテロははっと我に返って答えます。「主よ。私たちがだれのところに行きましょう。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。私たちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています。」こんな時のペテロの愚直さにはきっと他の弟子たちも救われたことでしょう。彼らは今一度、正気を取り戻し、イエス様に付いて行く決心をする。他の弟子たちが去っていった今だからこそ、覚悟を決めて従う。そういう場面なわけです。
 ところが、決意新たな弟子たちに向かって、イエス様はこの中に悪魔がいるということを指摘するのです。「わたしがあなたがた十二人を選んだのではありませんか。しかし、そのうちのひとりは悪魔です。」ヨハネはこの福音書を記すときに、説明書きを加えます。「イエスはイスカリオテ・シモンの子ユダのことを言われたのであった。このユダは十二弟子のひとりであったが、イエスを売ろうとしていた。」もちろん、この時点で、ユダがイエス様を裏切るとは誰も知り得ません。それは当の本人もそうでしょう。なぜなら、イエス様がわかるようにはおっしゃらなかったからです。たとえば、この時点でユダが裏切りの計画を企てていて、それで「そのうちのひとりは悪魔です。」と言われたのなら、それはユダに対しての警告と言えるでしょう。けれど、この時のユダはイエス様の側に残った忠実な一人です。なぜイエス様はこのような言い方をされるのでしょう。
 つまり、ここでのイエス様の指摘というのは、誰か一人を吊るしあげて排除しようということではなくて、そういう危険を知って弟子たち皆に十分に誘惑に備えるように、ということではないでしょうか。事実、この後も、イエス様はユダを排除することはいたしません。ユダは一行の財布を預かっておりました。能力的なことだけ考えれば、元取税人であるマタイなどは相応しいように思えます。しかし、ユダが選ばれた。お金の管理を間違えれば、一行の働きは頓挫するのにです。つまり、それだけ彼を信頼しているからです。そして彼もまたそれに応えた青年だったのでしょう。
 ですから私たちは「そのうちのひとりは悪魔です。」と聞いて、私はどうだろうか。と自らに問い続ける姿勢が大事です。ユダの話ではないのです。私たちに語られている話。たとえ、イエス様を信じて弟子となろうとも、ことあるごとに自らの信仰を吟味することが大事だと言っているのです。ユダは裏切った。というよりは、ユダほどの者であろうと、悪魔の誘惑に負けたのです。であるならば、私はどうかと、ことある毎に吟味をするのは当然のことではないでしょうか。
 軽率な判断をしないように気をつけましょう。そして立ち止まる勇気を持ちましょう。目の前のことだけに囚われてしまわないように、もっと大きな視点で、神のみこころを探し求める者でありたいと思います。そして、私たちの弱さや愚かさに、尚も、信頼し憐れんでくださる主イエスを感じて、過ごしたいと思います。

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