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Author:yasukomi
埼玉県狭山市にあるいのちの樹教会の牧師です。
このブログは毎週の礼拝と祈祷会のメッセージを要約したものです。

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161002 ヘブル13:1-3 「兄弟愛を持って」

ヘブル13:1-3 「兄弟愛を持って」

 兄弟というのは、不思議な関係です。兄、弟と言いますと何か切っても切れない特別の関係のように思えるわけですけれども、法的に関係を数えると、それは2親等です。兄弟は直接的な関係のようでいて、実際は親を経由しての関係というわけです。1節には「兄弟愛をいつも持っていなさい。」とあります。では兄弟愛とはいったい何なのでしょう。それはつまり、同じ父を持つ者同士の愛ということです。もちろん血縁の兄弟ではありません。私たちはイエス様の贖いのゆえに、罪赦され、父なる神の子となる特権をいただいた者。つまり父なる神の養子です。それゆえ、私たちは兄弟姉妹とされたのです。ですから私たち兄弟姉妹の関係とは、父なる神を介しての関係です。普段何気なく話して接しているようですけれども、そこにいる兄弟は、神の子として繋がる兄弟。同じ父を持つところの姉妹なんですね。もしも、父なる神との関係を失えば、兄弟姉妹の関係をも失ってしまう。父ありきの関係というわけです。ですから、私たちは兄弟愛を考えるとき、まず自分自身が神としっかりと結びついている必要があります。その上で、共に同じ恵みに与る者としての交わりが生まれるのです。
 教会は清く正しい者の集まりではありません。そうであれば、ここに私の居場所はありません。そうではなくて、赦された罪人の集まりです。神の憐れみのゆえに、一方的に救いに与り、神の子とされた者の集まりです。ですから、教会には生々しい衝突や問題が起こり得るのです。そんな時、私たちは互いが兄弟としてある関係であることをきちんと見て取る必要があります。つまり、父なる神を介して結ばれた関係です。
 私が父なる神に愛されたように、この兄弟も愛されている。私のためにイエス様がいのちを捨てられたように、目の前のこの姉妹のためにもイエス様はいのちを捨てられた。そういう間接的な見方を持つのです。私たちはどれだけ親しい間柄であろうとも、いえ、親しくなって距離が近くなるほど、相手の嫌な部分も見えてきます。自分とは違う受け入れられない部分が気になってきます。これは結婚された方には特にわかるところではないでしょうか。恋人同士のきらびやかな関係ではありません。身近だけに、今まで見えていなかった現実が見えてくる結婚生活。私たちは着飾った相手ではなくて、素の相手を見るようになります。もし私たちがお互いを直接に結びつけようとするなら、私たちはそういった違いばかりが目についてしまうでしょう。けれど、私たちは互いの間に、父なる神を見る者です。子なるキリストの十字架を見る者です。そうすることで、私たちはその目の前の兄弟姉妹を、心から愛せるようになるのです
 2節、3節では、具体的な愛し方が記されます。それは、形ある行為として相手をもてなすということ。そして、相手に寄り添う思いやりの気持ちをもって行うということです。父なる神を間において、私たちは相手の弱さを受け止めるができるようになります。しかし、それは強者の施しではありません。自分自身が恵みのゆえに救われた者に過ぎないことを知り、それゆえ、相手の弱さに寄り添うのです。自分も肉体を持っている。罪も弱さも抱える身である。だからこそ、私たちは目の前の兄弟を心から思いやることができるのです。

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